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姉妹友好都市フォーラム

 愛知県内の市町と姉妹提携を結んでいる海外の都市は31にのぼります。 その結びつきのきっかけは、産業や地形の類似性であったり、歴史上のできごとであったり、とさまざまですが国際化の進展にふさわしく、親密な交流が続けられています。
 世界公園フェスティバル'95実行委員会では、これら海外姉妹友好都市から12人のお客様をお迎えし、「都市と交流――わがまちの今日・明日」をテーマに“まちづくりの現状”“公園・パブリックスペースの活用方法”などを中心に現在そして未来の都市像について討論を深め、姉妹友好関係の一層の強化・発展に寄与したいと願っています。

コーディネーター 西沢信正
●プロフィール
1931年下関市に生まれる。小学校から大学まで京都で暮らす。京都は日本の中で第二次大戦中、戦災を免れた数少ない都市だが、戦時中、三菱航空機製作所で学徒動員で働いた。同志社大学文学部英文科に学び、53年3月、卒業と同時に名古屋市の中日新聞社で記者となる。59年、米国務省主催の記者交換計画でペンシルベニア州アレンタウン市のThe Call-Chronicle紙に配属され、3ケ月働く。63年から2年間、中日新聞カイロ特派員、71年から3年間、ワシントン特派員を経て、社会部長、文化部長となる。78年東海テレビのニュースキャスターを11年半務め、定年退職。90年から4年間、名古屋造形芸術短大教授、94年から同朋大学社会福祉学部教授。著者に「ホームステイの人間学」論文に「歴史の教訓−ボスニア民族浄化 元フィリピン兵の体験とマスメディア」など。


開催要項
■名 称―――世界公園フェステバル'95
       「姉妹友好都市フォーラム」
■実施日―――1995年10月2日(月)
■会 場―――名古屋観光ホテル
■主 催―――世界公園フェステバル'95実行委員会
       (愛知県・名古屋市・豊橋市など)
■公用語―――日本語、
       [同時通訳]英語、フランス語、スペイン語、中国語

プログラム
●オープニング(映像)
●趣旨説明(司会)
●愛知県知事挨拶
●名古屋市長挨拶
●各都市、パネリスト紹介
●コーディネーター紹介
●フォーラム
 ・パネリストスピーチ
 ・ディスカッション
 ・総括(コーディネーター)
●閉会挨拶(司会)
●閉会
■交流パーティー(17:00〜19:30)
●バータイム(桂の間)
●開場 ご出席者入場
●趣旨説明(司会)
●主催者開会挨拶(愛知県土木部長)
●鏡開き(パネリスト代表者により実施)
●乾杯(コーディネーター・西沢信正教授)
●歓談タイムおよびアトラクション
     ・独楽の曲芸 ・琴の演奏 ・映像
●主催者閉会挨拶(愛知県土木部長)
●閉会挨拶(司会)
●閉会



スピーカーのプロフィール

環境局長 エドアルド パラスエロス レンドン
●メキシコシティ(メキシコ合衆国)=名古屋市
メキシコシティはメキシコ合衆国の首都で、国の政治・経済・文化の中心地です。また近代的大都市でありながら、現在もアステカ文明の史跡が市内各所に残っているなど、世界的な歴史文化遺産都市でもあります。名古屋市とメキシコシティとの姉妹都市提携は、18年前の1977年、メキシコ市長の意向を受けたオレア・ムニョス駐日メキシコ大使の名古屋市長訪問から始まりました。名古屋市親善使節団がメキシコシティを訪問するなど検討を重ね、1978年2月正式に調印式が行われました。
●プロフィール
1951年メキシコシティに生まれる。1995年12月1日、連邦区環境局長に就任。1979年から1994年には数々の重要なシンポジウムに出席、また招へい教授として出演。1980年から1993年までの名誉ある役職を歴任。ホワレス小児科病院外科医委員会メンバー。ABC病院医学委員会メンバー。赤十字青年委員会会長及び赤十字顧問委員。都市圏公害対策都市部委員会顧問。環境と健康に関する著書、論文多数。
●講演内容
メキシコシティは現在1700万以上の人口を抱えており、その数は毎年増加している。住民の生活の質を向上させるための都市開発計画が、公園維持と開発を強力に支援している。メキシコシティには代表的な大規模な公園が5つあり、植物園、森林、スポーツ施設、ボート遊びのできる湖などがある。公園は環境保護の点で重要な役割を担っている。これらの公園が多くの農民や商人に幾多の関連就業、ビジネスの機会を作り出している。

南通市副市長 李炎(リ・エン)
●南通(中華人民共和国・江蘇省)=豊橋市
中華人民共和国最大の都市・上海から揚子江を約128kmさかのぼったところに南通市があります。水と天然資源に恵まれた街でお互いの規模や大河に面した地形、あるいは港湾を中心にした産業など、共通点の多いことが友好都市提携のきっかけとなりました。1987年5月、豊橋市役所で両市の市長が調印して教育、文化、経済など多方面にわたる交流が始まりました。
●プロフィール
1942年12月江蘇省南通市生まれ。1968年複旦大学化学学科卒業後、山東省済南市の高校に勤務。1979年に南通市にもどる。その間、教師、副校長、教育委員局局長、政府の教育行政官などを歴任。氏のあふれる熱情と高い管理能力で地域内学校の教育環境は大きく改善され、レベルを高めた。その業績により1990年全国優秀教育者に選ばれ、中華人民共和国教育委員会に表彰された。1991年9月南通市副市長に当選。衛生、文化、スポーツを主管している。
●講演内容
南通市は中国江蘇省南西部にあって、以前から“揚子江の一番目の窓口”といわれてきた。南通市は千年の歴史をもっているが、現在は経済が発展し、美しく開放的な都市となっている。産業は繊維、電子・化学・電力などと農業・商業・通信などがバランスよく発展している。また、世界90ヵ国と良好な貿易関係を結んでいて、とくに日本の企業との協力、交流が広がってきている。今後は国際的港湾貿易都市をめざしてがんばっていきたい。

都市道路公園部長 ジョージ・ニマーヒヨルド
●ウッデバラ(スウェーデン王国)=岡崎市
スウェ−デン語で、「ウッデ」は岬、「バラ」は壁を意味します。その名にふさわしく美しいフィヨルドの入江奥に位置するウッデバラ市は充実した社会保障と高い水準を誇る都市です。岡崎市は国際交流を進めることが世界平和につながるという考えを基本に古くから中立国であるとともに、有数の福祉国家であるスウェーデンの都市との姉妹提携を希望していました。その念願が実現したのが1968年9月、駐日スウェーデン大使の紹介でウッデバラ市と姉妹都市提携に調印することができました。
●プロフィール
1935年スウェーデン・カルマー市生まれ。土木工学および都市計画法を学び、1961年理学修士号を取得、さらに経済学および輸送学を学び、1974年理学学士号を取得。都市計画の専門家としてスウェーデンをはじめ、南米ガイアナ共和国やナイジェリアの開発計画等に参画。1984年都市道路公園部長に就任、加えて、下水処理、汚水管理、森林管理および公園の監督などの任務を遂行している。国際問題にも興味があり、数多くの報告書や著作を発表している。
●講演内容
ウッデバラ市は、スカンジナビア半島先端中央部で、今年8月に開催された第5回世界陸上選手権の舞台となったイエテボリから北へ80km。以前は造船業が盛んであったが、貿易都市に変身している。都市計画は、港、道路、鉄道、空港の4本柱で進められ、市民の要望に沿った施設の改善や立案が行われている。たとえば、公園などの公共空間は散策などに利用されるが、市民の通勤路でもあり、安全性を十分に配慮した整備計画を立てるように努力している。

ヘイスティングス議会議員 キース・アップティン
●ポットマッコーリー(オーストラリア・ニューサウスウェールズ州)=半田市
ポットマッコーリーは、シドニーの北、420km余り、オーストラリア東海岸に面して、美しい入江とレイン・フォレストと呼ばれる緑豊かな森林に恵まれたリゾート地です。森には野生のコアラや多くの動物が棲息し、都市機能と自然がうまく調和した美しい都市です。また、ポットマッコーリーからも「コアラズ・オーケストラ」の子供たちや高校生、英語指導助手(AET)が半田市を訪れるなど、活発な交流が行われています。
●プロフィール
1938年ポートマッコーリー市生まれ。ハイスクール修了 後、父の経営するポートマッコーリー・ニュース社に入社。30年間印刷工、ジャーナリストを経験。1982年兄とともに印刷工場を建設し、商業印刷、新聞製作を行う。数多くのクラブやスポーツ団体に所属し、ヘイスティングズ議会議員として4年間の任期を満了。在任中には副市長を1年間努めた。その他、さまざまな委員会の議長や委員を務めてきた。余暇にはゴルフ、ボウリング、釣り、園芸を楽しむ。
●講演内容
都市開発計画の初期段階では、開発が可能な土地ならば、野生生物の連鎖に大きく影響する広い湿地や入江などの所有権も認め、土地開発者に小規模区画を供給させた。その結果、小公園は増えたが、広い場所を必要とするスポーツ施設が不足してきた。このような課題を解決するため、議会は20ヵ年計画「公園および保護区構想」を提案している。地域の期待、環境的ニーズ、経済的ニーズの調和を保ちながら、資源を最大限に活用して生活の質的向上を図っていこうというものである。

ミササガ市市長 ヘーゼル・マッキャリオン
●ミササガ(カナダ・オンタリオ州)=刈谷市
ミササガ市は、カナダ東部の五大湖の一つオンタリオ湖の湖畔にあって、カナダで9番目に大きい都市です。このまちに、カナダ最大のレスター・B・ピアソン空港が開港し、カナダの表玄関として急速に発展してきています。1981年、ミササガ市の市長から「姉妹都市提携を希望する」メッセージが届き、友好使節団の調査などを経て、同年7月姉妹都市提携が調印されました。1982年4月、刈谷市では、国際友好協会を設立して本格的な交流が始まりました。
●プロフィール
ケベック市ポートダニエル生まれ。ケベックとモントリオールで学生生活を送り、カナダ・ケロッグ社に19年間勤める。1967年政界に身を投じることを決意。ストリートビル都市計画委員会会長に選任され、3年後には同市市長に当選。1974年ミササガ市およびピール地方議会議員になり、4年後にはミササガ市長に選出、現在7期目を迎えている。1991年には地方自治体市長としてはじめて年間活動予算を公表。北米・カナダの「米国女性オブ・ザ・イヤー」にも輝いている。
●講演内容
ミササガはカナダで8番目に大きな都市で最も急成長を遂げている市です。そのため、ビル建設の許可は他の市よりも重要な課題となっており、都市計画が必要です。ミササガでは戦略的計画を優先させて活動を行っています。これは今後20年から30年を見据えて計画方針を示す包括的な内容になっています。いくつもの計画が戦略的計画のゴールをめざして、相互に働きあいながら取り組まれていますが、都市計画はそうした計画のひとつです。都市計画の枠組みは、ミササガが、人々が生活し、働き、また楽しむことができる場所であることを念頭に作成されています。つまり、経済と環境と地域社会の調和をめざしているのです。

ハンチントンビーチ市市長 ビクター・ライプシック
●ハンチントンビーチ(アメリカ合衆国・カリフォルニア州)=安城市
ハンチントンビーチ市はロサンゼルス市の南郊外に位置していて、年間を通じて温暖で、しかも美しい浜辺をもっていることから、マリンスポーツが盛んな絶好のリゾート地として知られています。1982年、安城市が施政30周年を記念して、姉妹都市提携を進めることになり、ハンチントンビーチ市との間に協定書を取り交して、両市の交流が始まりました。
●プロフィール
スタンフォード大学で政治学を学び、1971年文学士号を取得。ウェスリアン大学で生物学を学び、1981年博士号を取得する。カリフォルニア大学などで研究員や講師を勤め、地域活動としてハンチントンビーチ湿地管理委員会役員、同市企画委員会会長、石油流出対応援助プログラム主催者なども歴任する。1993年からハンチントンビーチ市議会議員。米国科学者連盟、カリフォルニア原生植物協会、湿地学者協会、環境回復協会に所属している。
●講演内容
ハンチントンビーチは、人口約20万都市で、年間約600万人の観光客がビーチを訪れている。最近、アメリカ合衆国で最も治安の良い大都市と言う名前をもらった。以前、ハンチントンビーチは重要な油井であり、石油生産地であったが、今日、それらは住宅地や商業地区に変わってきている。人口の増加に対処するためには、適切な土地利用計画が必要不可欠である。市では現在、住宅建築が産業や商業ビルの建設より有益であるが、市の特定の地区を商業、産業用に使用するために制定して利用していくことが、経済的にバランスのとれた地域開発のために必要である。

ポリルア市助役 ジョン・セドン
●ポリルア(ニュージーランド)=西尾市
50km以上も美しい海岸線の続くポリルア市は、首都ウェリントンから北へ車で20分ほどのところにあります。国道や鉄道の幹線が市の中心部を通り、交通の便が大変よいところです。きらめく青い水を湛えたポリルア湾は、水産資源の宝庫であると同時に海洋生物の保護区になっています。また海ではヨット、ウィンドサーフィン、スキューバーダイビングなどが、緑豊かな大地ではゴルフ、テニス、サッカー、ラグビーなどあらゆるアウトドアスポーツが楽しめるところです。
●プロフィール
イギリス・ロンドンに生まれ、1957年にニュージーランドに移住。1980年民間企業から地方当局上級行政部に移籍し、1962年に誕生した若い都市・ポリルアを近代コミュニティに発展させた功績は高く評価されている。特に、商業地域の拡張と近代化に努め、娯楽施設の増設、文化センター創設、下水処理プラント建設、道路整備システムなどを含む同市の設備を一新した。現在ニュージーランドにおいて最も在任期間の長い助役として、広くその名を知られている。
●講演内容
ポリルア市の産業は、軽工業、農業が中心。ニュージランドで19番目の規模をもつ都市である。当市では都市開発戦略10年計画を立て、「クリーンな緑の街」の維持をめざして、各種の開発を管理するための資源管理計画を進めている。公園および公共空間としてはヨットクラブやクルージングクラブのためのマリンレジャー基地、屋内温水プール、子供広場、ゴルフコースなどを整備し、増加する人口に対応したレジャー施設の拡充と雇用機会の創出に力を注いでいる。

ポートフィリップ市 コミッショナー理事長 デズ・クラーク
●ポートフィリップ(オーストラリア・ビクトリア州)=大府市
ポートフィリップ市(旧セント・キルダ市)は、1993年に大府市と姉妹都市提携を結びました。大都市メルボルンの南部に隣接し、海に面しているため、ポートフィリップ市は観光地として人気があります。一方、画家、作曲家、ダンスパフォーマー、作家などの芸術家がたくさん住んでいて、彼らを中心にした美術展や美術工芸マーケットなどが開かれる美術都市としても知られています。また、特にヨーロッパからの移民の多い街で、国際的な雰囲気もあります。
●プロフィール
教育行政、芸術教育、コンサルティングなどに携わり、市長に1期在任したことを含め、メルボルン市議会議員の職務に就くなど、地方行政に関する経験も豊富。実業界や地域の代表者とともにメルボルン市の「首都政策」の作成にも参画した。現在ポートフィリップ市の地方行政官議長という職務であるが、同市は、昨年6月3つの小都市が合併してできたばかりで、地方行政官は移行期間の監督のため州政府から任命されたもので、市長と同じ職務である。
●講演内容
ポートフィリップ市の都市計画は、将来の構想とそれを実現する手段が盛り込まれた「コーポレート計画」を基本としている。その構想のポイントは「住むための、働くための、遊ぶための都市」にすることであり、文化活動、余暇活動、イベントの施設やサービスを後援・奨励することである。ポートフィリップ市には高く評価されている公園や広場が多い。公園や公共広場でのイベントを推進することは、地域の生活の質を向上させるための戦略である。

ワーテルロー市助役 バン・オベルトベルト・セルジェ
●ワーテルロー(ベルギー大国)=長久手町
ワーテルロー市は、ベルギーの首都・ブリュッセル市の南にある森の外れに位置しています。最近は首都ブリュッセルに近接することから、高級住宅地、観光地、海外企業のオフィス地として著しい発展をしています。このワーテルローは昔から交通の要所で、幾多の戦争の舞台となりました。歴史上有名なナポレオンの「ワーテルローの戦い」もこの地でした。長久手町も豊臣秀吉と徳川家康が戦った「小牧・長久手の戦い」の古戦場。両市のこの共通点が姉妹都市提携を結ぶきっかけとなりました。
●プロフィール
1959年、イクセルに生まれる。バン・オベルトベルト・セルジェ氏は1988年助役に就任。1994年に再選している。主な仕事は 1)市の財政管理、 2)商業、経済の活性化、3)調和のとれた都市開発のための都市計画である。
●講演内容
ワーテルローの古戦場跡は、ベルギーで最も多くの観光客が訪れる。当市は近年ブリュッセルのベッドタウンとして発展し、外国人居住者が人口の1/4以上を占めており、文化交流の活発化など、生活の質の向上をめざす政策がとられている。商業面での発展もめざましく、銀行、自動車ディーラー、レストラン、ショッピングセンターなど活気にあふれている。また新しくオフィスパーク街など都市整備も進み、静かさと落ち着き、安全、環境保護などバランスのよいまちづくりが進んでいる。

へレス市市長代理 カルロス・マヌエル・ロペス・ラモス
●ヘレス・デ・ラ・フロンティラ(スペイン)=清洲町
ヘレス・デ・ラ・フロンティラ市は、スペイン南西部アンダルシア地方の都セビリアから200km余り南にあって、対岸はアフリカ・モロッコです。この地方は、8〜13世紀までイスラム支配下にあって、アラビア風の建物が多く残っています。産業の中心は農業で温暖な地中海性気候を利用した果樹栽培が行われています。シェリー酒の産地であり、フラメンコ発祥の地として国際的な観光地となっています。F1レースができるサーキットがあり、モータースポーツファンにもよく知られています。
●プロフィール
1955年カディスに生まれる。セビィリャ大学文学修士(スペイン哲学専攻)。中学の国語、文学講師。1991年より市会議員を務め、市役所の幾多の部課の長となる。今期は、教育、文化部の代表者となる。現在はアンダルシア文化保護普及を目的とする、アンダルシア・センター「ブラス・インファンテ」の所長も務める。各種現代スペイン文学研究を専門雑誌で発表、また人文科学研究年刊誌「トゥリピウム」の編集顧問メンバー。
●講演内容
16万人の人口を擁するヘレス市は、今世紀初頭に農産品フェア開催のために、はじめて大規模なヘレス公園を建設した。我が市は、みどりの空間の公園に代わって、街の機能のひとつとして、人々が出会い、子供たちが遊べ、また地域の大切なイベントが開催できるプラサを主として建設している。しかし、昨今は人々の要求に応えるために、市議会では住宅地域に公園建設の計画を始めた。さらに、住民の強い請求により、都市環境からある程度距離をおき、自然環境のなかで精神的、肉体的清涼感を与える大型都市近郊公園を建設することになっている。

コロンバス市市長 ロバート・スチュワート
●コロンバス(アメリカ合衆国・インディアナ州)=三好町
コロンバス市はインディアナ州の州都インディアナポリスから80km余り南にあります。コロンバス市には学校・市庁舎・消防署・教会など有名な建築家が手掛けた素晴らしい建物が数多くあることで有名で、「住む建築博物館」とまでいわれています。また、市内には豊かな自然を生かした美しい公園やレクリエーション施設が整っていて、アメリカ政府の公園・レクリエーション局から「全米最良のまち」と賞されました。
●プロフィール
1929年生まれ。1951年フランクリン大学を卒業。農場を経営し、1967年にはコロンバスのロータリークラブ理事長を務める。日本のロータリークラブ会員に知人も多い。1984年コロンバス市の市長に選出され現在3期目。118都市と263町が加盟しているインディアナ都市協会の理事長も務めている。本年テキサス州ダラスで開催された都市経済開発全国会議で「コロンバス地区商工会議所地域奉仕賞」および「経済開発に貢献した指導的国民賞」を受賞。
●講演内容
コロンバス市は1985年生活の質の向上をめざし、2000年までに取り組むべき計画を立てた。当市の未来は健康管理、雇用、教育、金融サービス、小売業、娯楽などに関して地域の中心的存在になれるかどうかにかかっている。12年を経過した現在、海外から14社が当市に進出するなど、成果が出ている。また、有名な現代建築物の数でも全米6位、全国都市リーグでも全米十都市の一つに選ばれている。市の公園も同レベルの都市では全米4位に位置づけられている。

ジョージタウン市市長代理 ジョン・フィッチ
●ジョージタウン(アメリカ合衆国・ケンタッキー州)=田原町
ジョージタウン市は、ケンタッキー州の北部に位置する緑豊かな美しいまちです。ブルーグラス(芝生の一種)に包まれた景色は雄大で、同州は別名ブルーグラスステイトとも呼ばれています。このまちは、バーボンウイスキー発祥の地ともいわれ、いまでもアメリカで生産されるウイスキーの約半分は同州で製造されています。また、この地域はサラブレッドの牧場地帯としても有名で、毎年5月のケンタッキーダービーはアメリカの3大レースの一つとなっています。1986年にはTMM(トヨタ・モーター・マニファクチャリング)が操業を開始。同企業の進出により、田原町と同様、ジョージタウン市は現在も発展を続けています。
●プロフィール
1934年ケンタッキー州生まれ。1951年ベルフライハイスクール卒業後、1955年ケンタッキー州立大学で薬学学士号を取得。ジョージタウン市で31年間薬局を経営しながら、コミュニティ活動に献身的に参与し、「名誉業務賞」を受賞。また、商工会議所より「名誉市民」に選ばれる。さらに観光事業委員会に従事し、観光事業管理プログラムを修了。同市で毎年開催されるホースフェスティバルの企画にも16年間にわたって参画し、ケンタッキー州祭典協会会長も務めた。
●講演内容
ジョージタウンシ市は、シンシナティ、ルイスビル、レキシントンの3都市を結ぶゴールデントライアングルの中央部である。この地域は数多くの優れた著名人を育てたジョージタウン大学の本校があるど、教育、産業、文化の地としても有名。1985年トヨタ自動車の進出以来、地域とトヨタ自動車が協力して学校施設の改善や住民サービス施設の拡充、生活レベルの向上を図り、地域を発展させてきた。当市の都市計画では、天然資源と人の保護と促進をテーマとしている。



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