司馬専太郎エッセイ1
おばあさんには勝てません

■与田きねさんの巻(その1)
「与田きね」さん(仮名)83才、女性。与田さんは,私がこの病院に来て,二年目からずっと診ているおばあさんの一人です。病名は,慢性尿路感染,関節炎,難聴,単純肥満。平成一年,先の天皇陛下の御崩御の頃に急性尿路感染症にて入院し,退院してからずっと外来の朝一番で診ています。
診察日には,いつも朝七時には病院に来て待っているのです。診察が一番最初でないと気が済まないのです。平成13年に新棟になって,コンピューターが導入され,窓口にて診察の予約をとる事になりました。機械ですから融通がききません。たまたま,ゴールデンウイーク後,予約が混んでいて,朝一番に予約が入らなくなった日。例によって早くから席をとり,診察室の入り口のすぐ横に陣取りました。診察が始まり,他の患者さんが呼ばれて入った瞬間,「看護婦さん,看護婦さん,なんで私より早くこの人が入るだね。」と,猛烈に抗議を開始。制止もものかわ,無理矢理診察室に入ってきて,服を脱ぎ始めました。他の患者さんが居ようと居まいとおかまいなしです。
先に入った患者さんは,その剣幕につい譲ってしまいました。そして,診察室に入るなり,診察台に寝ころんで,豊富な胸を出しながら,毎回のセリフ開始です。「先生のおかげで,今日まで生きてこられたんだよ。ありがとう,ありがとう。あのとき,(平成元年の尿路感染症で入院の時)は,私は死にかけとったで,先生に助けてもらって今日があるだがね。」と,僕の聴診器を持つ手をつかまえて,握り締め,ついには聴診器をひっぱって,僕の顔を頬にひきよせて,「チュー」しそうにするのです。毎回まさに「ニアミス」をくり返すのです。
診察の後は,処方ですがこれがまた難物。慢性の尿路感染症に抗生物質を出しますが,他の胃薬などは28日分処方出来るのに,抗生物質は保険で14日分しか認められていません。このことを毎回説明するのですが,何年たっても分からないので,薬をもらってから「この白い玉の薬が,また,14日分しか入っていなかった。」と,毎回言ってきます。「2週間後にその薬だけ出しますので取りに来て下さい。」といくら説明しても分かってもらえません。難聴なのでなおさらです。ついに根負けして,薬を全部2週間投薬にあらため,2週間に1回,おばあさんと「チュー」ならぬ「ニアミス」するはめになってしまいました。(つづく)

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