司馬専太郎エッセイ11
ホームレスおじさんの巻■患者さんのお家は公園内
これは,2,3年前,僕達の病院がまだ,古かったときのお話です。
僕の病院の周りには,公園がたくさんあって何人かのホームレスが住んでいます。病院の向いの公園の噴水の横の奥まったところに、ちょうど良く雨露がしのげるほどのスペースがあります。僕は週二回ジョギングに行くので,ある日その横を通った時「先生!」と呼ぶ声がしたので,振り返ると,見覚えある顔です。外来の糖尿病患者さんの一人の佐藤さんでした。「佐藤さん?ではないですか,どうしたんですか?。えっつ,ここに住んでらっしゃるのは,佐藤さんだったんですか。」と,答えると,「ええ,まあ,ウチへお入りになりませんか。コーヒーでもごちそうします。」とのこと。「じゃあお言葉に甘えて,おじゃまします。」とずうずうしく,ジョギング姿のまま,お家に案内してもらいました。
佐藤さんは,建築会社に勤めていたのですが,最近の不況で会社が倒産。妻子もありましたが,別れていまここに移り住んでいるそうです。「いやー,外来ではきちっとネクタイを締めて見えるので,どこかの専務さんかと思いました。でもここでは大変でしょう。」と言うと,「いえ結構いけるんです。毎日どこかで炊き出しもあり,コンビニなんかも新鮮なものしか置かないので,その日のあまりものの処分に困っているんです。
でも,インシュリン注射してますので,丁度ごはん時にインシュリンが効く様にするのは,難しいので,計画をたてて炊き出しめぐりをしなくてはいけません。」と,佐藤さん。「佐藤さんのヘモグロビンA1Cはたしか7%ぐらいでしたね。」とまたまた,診察口調になりましたが,「先生は,たしか絵をお描きになるんですね。私の趣味も絵と,建物の見取り図を書く事なんです。」といろいろの設計図をみせてもらいました。さすが,もと建築屋さんです。総務だった佐藤さんですが,なかなかの出来栄えです。
壁には,セザンヌや,ルノアール,モネなどのフランス印象派の模写がかざってあります。「いやー,さすがですね,いい目の保養が出来ました,コーヒーごちそうさまでした。」と,「ところで,先生。」と佐藤さん。「先生の病院はかなり古いですね。」「そうです。もう建ってから33年になります。35年目には、立て替えが予定されていますが。この不景気でしょう。まだ,予算がおりないんです。」「もし,建てるとしたらどんな病院がいいでしょうか。佐藤さんの建築家としての御意見はいかがですか。」「そうですね,なによりも使いやすくて安らぎが感じられる病院がいいですね。」と佐藤さん。「じゃあ今度までに、御意見をまとめておいてください。」といって佐藤さんのお家を後にしてジョギングを続けました。
病院には,御意見箱がもうけてあり,患者さんの意見や,苦情を聞く事が出来ます。ある日、庶務課で御意見箱を開けてみていると,大きな茶封筒がはいっていました。中を開けてみると,図面と説明書が入っていました。以下がその内容です。
「病院建築原案その1」
■建築理念の具体案
1) トイレを広くとり,全部自動洗浄およびウォシュレットにすること
2) 部屋は,長方形を基準として,ゆったり作る事
3) 個室を多く作る事
4) 付き添い入院の家族の事も十分考慮にいれて,付き添いベッドなどを十分快適に配置でき,また家族との安らぎの空間を大切にすること。
5) 外来は待ち合いの空間と待ち合いの休憩所を十分考える事
6) 周りに公園が多い利点を生かして展望台レストランなどを作ってみては
7) 音楽や絵画などに治癒力が宿っている事もあるのです
8) これらの理念を生かした12階建ての設計図を付けます
それは,きちんと書かれた病室と外来配置図および12階に展望台レストランがついた病院の概観図でした。
僕は,この無記名の設計図入りの投書がすぐに佐藤さんからの物である事がわかりました。
その後秋も深まり寒さも感ぜられる頃,あの噴水のそばに佐藤さんをたずねると,ベンチに貼り紙がしてありました。
「拝啓,先生殿。もう時期寒くなるので,もっと暖かい静岡に行きます。」再来年の春には戻って来ます。よろしく。」との事。
そのころには新しい病院が建っていると思います。
「佐藤さん設計図をありがとう。」と心のなかで彼の健康を祈りつつ、ジョギングを続けました。