司馬専太郎エッセイ16
名古屋シティーマラソンの巻名古屋シティーマラソンの巻
拝啓(マラソン前日の手紙より)
このたび,意を決して11月23日のナゴヤシティー,ハーフマラソンに出場する事に相成りました。これは,医学部テニス部顧問として学生の範たるべく実践するものでもあります。じつは,昨年も出場いたしましたが,残念ながら,8Km附近の第2関門(交通規制のためタイムでの足切り)にて足を痛め,あえなくリタイアのやむなきに至り,選手収容バスに乗って競技場に戻って参りました。そのため,折り返し地点である市役所附近にて待っておられた皆様方に多大な落胆をおかけしました。
今回は,いわばその雪辱戦であり,返り打ちに会わない様,万端の準備をしております。すでに,心は先頭切って走る勇姿に胸踊る心境であります。(名古屋テレビに映るかも)皆様,沿道から暖かい拍手で応援していただくように心から御願い申し上げます。なお,当日は,御声援にこたえたくとも,必死の形相にて余裕がありませぬゆえ,一瞥のみ送らせていただく,やもしれませぬが,なにとぞ御容赦下さいます様心から御願い申し上げます。なお,ドクターゆえ,明日からの診療に支障があると判断した場合は,自らドクターストップなる権限も行使せよとの家内の「きつい」お達しゆえ,またまた,途中バス収容されるやもしれません。その際は,ドクターの常として,携帯する通信にて,皆様にご連絡申し上げ,無駄な待ち時間をしないように配慮いたします。もちろんマラソン走行中も携帯はオンの状態にしてありますので,もし急用がおありの節は,なんなりとお申し付け下さい。ただし,息が切れて聞き取れない面御容赦ください。
それでは,当日,沿道にて(市立大学病院前あたりがベストポジションか)お会いしましょう。では,本日もトレーニング開始でございますので,ひとまずごめんください。
拝啓(マラソン当日の午後の手紙より)
名古屋シティーマラソン応援ありがとうございました。
今年も昨年と同じく,残念ながら,ゴールは出来ませんでした。しかし,昨年よりさらに一つ向こうの第3関門まで行けました。丁度,桜通りと大津通りの交差点を右にターンし,市役所に向かうところです。実は,スタート直後からとばしたため,暑くなった事もあり,市立大学病院のところで,椅子に座って応援してた両親に,はいていた長パンをあずけ短パンに着替えた事。(この時携帯,などの身の回り品も入れ替え)吹上第一関門通過中に,病院から携帯が鳴り,「先生ですか?」「はいそうです。ハアハア,なんでしょうか,ハアハア」「先生実は12号室の透析患者さんが,マラソンを見に市役所附近まで,外出したいと言っていますが,よろしいでしょうか。外出許可がまだ出てないんですが?」「ああ,透析は昨日でしょう,いいですよ。ただし,ハアハア,血圧測ってからにして下さい。ハアハア」「先生,血圧は130と80です。」「ああ,それならいいですよ。ハアハア」など,指示していて走行速度が落ちた事。
今池のちかくの,給水所で紙コップが品切れで,ボトルごと大量に飲んでやや体が重くなった事。などが若干タイムに影響したかも知れませんが,圧巻は,第2関門,すなわち昨年ひっかかった桜通りの小川町のところで,「もうすぐ,時間でコース閉鎖します」とのアナウンスの直後。私の通過直前に,急に,おじいさん達ボランティア係員が出て来て,手を繋いで我が行く道を「通せんぼ」しようとしたので,ここでつかまっては進歩がないと,体当たり突破を考えたのですが,相手がおじいさん達ですので,とっさに一番弱い中央分離帯にコースをとり,垣根の一部を飛び越えつつ,関門を突破。(すなわち関所やぶり,そのため,垣根で右大腿部にやや擦り傷あり。)その後,最後尾のため,後導車に守られながらの,走行となりました。その後さきほど述べた第3関門でつかまり,収容バス乗車には乗らず,歩いて折り返しの市役所に到着しました。ボランティア係員達がもうすでに終了の仕事を終え,飲み物などをくばっていたら,そのうちのおばさんが,「まあ,歩いてここまで,大変ですねこの私のドリンクあげます。」と,2本もスポーツドリンクをくれました。飲んでいると,さきほど外出を許可された透析患者さんが,来て「先生,首長くしてまっていたがな。ちっとも来やへんで,どうなったかと思っとったがな。まあ,無事でよかったなも。」と,ねぎらってくれました。「すこし,左足にマメが出来て痛みましたが,幸い筋肉痛だけですみました。応援ありがとう。」と答えますと,「先生,これ先生が私にくれた湿布だがね,持って来たで貼ってちょー。」と,なんと患者になった気分でした。リタイアのおかげで,病院に着いてから透析室の回診も出来ましたので,満足しております。沿道での応援に,心から御礼申し上げます。
敬具
司馬専太郎