司馬専太郎エッセイ26
ヨーロッパの旅 2


■フィンランドでの経験その2
スイスでの国際学会を終え、フィンランドに帰りました。ヘルシンキの駅近くのホテルにて、ツルク大学の教授のペンティネンさんに出迎えてもらい、150km西にある彼のサマーハウスに招待されました。そこは、桟橋から教授のボートにて5分あまりの小島にある別荘で、昔、マルクス・レーニンも隠れ住んでいたという古い家です。教授が5年かけて改装したご自慢の別荘です。 そこで、7月14日の夕方、親戚やツルク大学のお医者さんなど呼んで僕の歓迎パーティーをしていただきました。
まずは、庭にあるバーべキューグリルで大きなお肉を焼き、丁度パラパラと雨が降ってきたので、室内に移って、乾杯となりました。 フィンランドの教授は、歌がめっぽうお好きで、アコーデオンを 弾きながら、フィンランドの歓迎の歌(ウオッカをのまないと追い出すぞ、という 怖い内容だそうですが、、、)を乾杯の挨拶に歌われました。 私は、お返しにといってはなんですが、アコーディオンを貸してもらい「知床旅情」を弾き語りで歌い、「これはシベリアに 捕虜でとらわれた肉親をしのぶ歌である」ことを告げると、教授は顔に涙をうかべて、フィンランドに対する、スウェーデンやロシア帝国からの圧迫の歴史を語り始め フィンランドがロシアから大いに迫害を受け、爆弾を落とされ、領土を奪われ、 さらに、多くの兵士をシベリアに強制連行された歴史について述べられました。 そのロシアにかつての日本は、明治時代にロシア戦争において、旅順、東シナ海、にて、勇猛果敢に戦い、乃木大将やら、バルチック艦隊を破った東郷元帥の偉業は、 フィンランドでは語り草になっている、との褒め言葉をいただきました。 さらに、息子さんたちが、クワイヤーで有名とのことで、ちょうど遊びに来ていたので ダークダックス並みの4人の和声で歓迎の歌を歌っていただきました。
僕は、お返しに「大きな古時計」を伴奏なしで(おおきなのっぽのふるい・・・・)を歌いますと、これは世界共通とみえて日本語と、フィンランド語(スオミ語ともいいますが)にて歌詞は違いますが、大合唱となり、大いにお酒がはずみました。 さらに、日本の100円ショップで買った「筆」と「和紙」と「墨汁」にて 漢字で「歓迎」、「夢」などをお習字で習ったごとく、行書にて デモンストレーションしますと、これは額縁に入れて飾っていただけるとのこと 小学校より、習字と絵を習っていましたので、おおいに役立ちました。また、 日本の文化はここに生きて伝承をされているとお褒めの言葉をいただき 観光だけでなく、人との交流が、感動を生むような気持ちにさせられました。
以上、ややソフトな旅行の一面を披露させていただきました。この後は、例のフィンランド式のサウナによる歓迎行事が待っています。お酒飲んだあとなのでどうなることやら。
( 司馬専太郎;ヨーロッパ旅行記その2より抜粋 )

★今後は、司馬専太郎日記ブログ版にて、刻々とエピソードを紹介していきます。

 

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