司馬専太郎エッセイ6
ドクターの夏休み(ボランティア編その1)
■世界移植者スポーツ大会
7月から9月にかけては,当病院も各自夏休みを5日間とってよろしいとの通達にて,我が第3内科も,代わる代わるお休みを取る事になりました。小生は隔週で土曜日にも勤務があるので,その振り替え休日をためておいて,都合7日間の休暇をとりました。その間は,もう第3内科のもうひとりのお医者さんで,女医さんの柴野先生がしっかり留守をキープしてくれます。
さて,最初の4日間(土,日含む)は,神戸で開かれる第13回世界移植者スポーツ大会のボランティアドクターとして参加することにしました。
世界中から,腎臓,肝臓,骨髄などの臓器をいただいて,元気になった移植者の人たちが,800人ほど集まり,各種スポーツ競技を競い合う大会で,日本で開かれるのは今回が初めてです。インターネットを通じて,通訳ボランティアとか医療ボランティアを募集していたので,夏休みを兼ねて参加する事にしました。競技は,陸上,水泳,バトミントン,テニスなどがありさながらオリンピックの様に多彩です。
神戸の六甲に近い「しあわせの村」という市の福祉施設でテニスやローンボールを行うのでその会場でのドクターに振り分けてもらい,宿泊施設に開会式前日の土曜日の夕方から宿泊しました。三宮から市バスで到着すると,係りの女性の方が,「お待ちしていました。おひとりインドからお見えの女の方が咽頭炎で診てもらいたいとの事ですが,午前中に大学病院の方に行ってみえたのですが,なにか尋ねたいとの事です。」と早速お仕事です。
ロビーで待っていると,インド人がみえました。どうやら抗生物質を処方されているようです。そして,「私,腎移植して拒否反応を抑える薬のんでます。だからいつも抗生物質2倍のむ。若い医者,薬二日分しか出さなかった,もう足らなくなった。」とインドなまりの英語でおっしゃるので,「僕はドクターですが,あいにくここでは処方できませんので,大学病院に日本語で手紙を書きます。明後日の月曜日にでも,それをもってもう一度行ってもて下さい。」と,
いうと「サンキュー,ドクター,」との返事,最初から忙しくなりました。
二番目の患者さんは,僕が部屋に入って,シャワーを浴びている時のことでした。けたたましくドアをノックする音がするので,タオルを腰に巻いて,出ると,今度はフィリピンの男の方です。「さっき食べた,テンプラで喉から血が出ました。」と,「どれどれ,」とのぞいてみるとなるほど少し喉の左側に血がにじんでいます。事情を聞いたところ,仕出しのエビのテンプラのシッポを食べたそうで,硬かったけど飲み込んだら血が出たとのこと。「水のんだら,治ります。」よと言うと。「もうたくさん飲んだ,でも足腫れた。」と指差します。腎臓の機能が完全でなく,また長い飛行機の旅で腫れたのでしょう。彼も腎臓移植者です。そこで次の日に係りにたのんで大学の救急で利尿剤を処方していただくことになりました。どうもボランティアドクターといえども薬なしでは務まりません。そこで,持って来た常備薬もフルに活用することになりそうです。
翌日日曜の開会式には,大会会長の小野清子さんのあいさつや,名誉会長の中曽根さんの開会宣言,それにIOC(国際オリンピック委員)の猪谷千春さんの英語のスピーチの後,移植者代表の鈴木さんと提供者の家族代表のアメリカのグリーンさんとの感激の握手がありました。グリーンさんの息子さんは,イタリアで,自転車旅行中事故に会い死亡。御家族の好意で,息子さんの7つの臓器が提供され,それぞれの命を救いました。移植者の方々は,「今こうしてスポーツを楽しめるのも,彼等提供者の『究極のボランティア』のおかげです。」と喜びを表してみえ,これからも臓器移植が,特に日本で進められる様に口々に話してみえました。
さて,明くる月曜はテニス競技の開始です。会場まで自転車を借りて出かけると,本部テントには,日本移植ネットワークの若いコーディネーターの浅野啓子さんや,神戸の接骨医グループのボランティアの方々がトレーナーコーナーを用意して,もうすでに,何人もの競技者が横たわって,入念にマッサージやテーピングを受けています。ドクターは,数人の方に,アスピリンなど鎮痛剤を処方するだけで今のところ得に用事がなさそうです。
そこへ,IOCの猪谷さんが訪問され,ヒマな僕が応対,ちょっと髪の毛が少なくなっていらっしゃるので,ボランティア用の帽子をかぶっていただき,競技を観戦することになりました。猪谷さんは,かつてイタリアのコルチナで行われた冬期オリンピック競技,スキーの回転で,その時三冠王になったトニーザイラーと争って,おしくも銀メダル,もちろん日本人初で,中年以降のスキー愛好者のあこがれの人です。テニスも御趣味でなさるそうで,アルゼンチンの選手の練習を見ながら,「このひとはきっといいところまで行きますよ。」と,さすが元名選手,実は,この選手は前回シドニー,前々回ハンガリーのシングルスの優勝者です。なかなか選手を見る目も肥えてお見えです。「いやー,なかなか最近は太ってしまって。高血圧気味なんですよ。」とおっしゃるので,私が「お仕事が忙しいので運動不足ですね。やっぱり上が140ぐらいには下げないと。」など,診察室でもよくある様な会話。「ところで,猪谷さんはどちらでテニスをされるのですか。」と僕。「私も軽井沢選手権のダブルスで4回戦まで行きましたよ。」とおっしゃるので,「どなたとダブルスを組まれたのですか。」と尋ねると,「天皇陛下さんです。ほら前の皇太子様。スキーコーチしていたものですから。いやー相手がびびるんです。僕らは見られるのに慣れていますので。」とさすがです,と脱帽。ついでに,「猪谷さん,コルチナの時は回転でもう少しで金(ゴールド)でしたね。」というと。「いやー,あの時は,2回目のランで,チャージをかけたんですが右足がポールに引っ掛かって,こうやってすり抜け,あやうく旗門不通過とならずにすみました。あれがなければ,1位になれたかもしれません。」と,身ぶり足振りで示していただき,かえって恐縮してしまいました。